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大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)2857号 判決

原告(反訴被告)

小出ミツ

右訴訟代理人

伊藤秀一

外一名

被告(反訴原告)

稲田義信

右訴訟代理人

樫木信雄

外二名

主文

一  本訴につき

原告(反訴被告)の第一次、第二次各本訴請求はいずれもこれを棄却する。

二  反訴につき

(1)  別紙第一目録②の土地部分につき、反訴原告(被告)が223.636分の16.653の割合による共有持分権を有することを確認する。

(2)  反訴原告(被告)のその余の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は本訴、反訴を通じて全部原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、原告(反訴被告。以下「原告」という)

(一)  本訴請求の趣旨

1 第一次請求

(1) 被告(反訴原告。以下「被告」という)は原告に対し、別紙第三目録記載の家屋を収去して、同第二目録記載②の土地部分を明渡せ。

(2) 被告は原告に対し、昭和三六年七月二九日から別紙第二目録記載②の土地部分の明渡完了に至るまで、一カ月金三万円の割合による金員を支払え。

(3) 訴訟費用は被告の負担とする。

(4) (1)、(2)項につき仮執行の宣言。

2 第二次請求

(1) 被告は原告に対し3.3平方メートルあたり、昭和四〇年一〇月一日から昭和四二年三月末日まで一カ月金六〇〇円、昭和四二年四月一日から昭和四五年三月末日まで一カ月金八〇〇円、昭和四五年四月一日から一カ月金一、〇〇〇円の各割合による、一六一、七一九五平方メートル分の金員を支払え。

(2) 訴訟費用は被告の負担とする。

(3) 仮執行の宣言。

(二)  反訴につき

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

(一)  本訴につき

1 主文第一項同旨の判決。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(二)  反訴請求の趣旨

1 別紙第一目録記載②の土地部分につき、被告が所有権を有することを確認する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  本訴第一次請求原因

1  原告は、明治三二年三月八日、別紙第一目録記載①の土地(以下単に「従前の土地」もしくは「甲地」という)を買受け、爾来、これを所有するものである。

2  昭和二三年一二月二五日、大阪復興特別都市計画事業による土地区画整理の施行に伴ない、施行者たる大阪市長から原告に対し、右土地に対する換地予定地として原地内に別紙第二目録記載の①の土地(以下単に「仮換地」もしくは「乙地」という)が指定され、原告は、右仮換地に対する使用収益権を取得した。

3  被告は、右乙地中別紙第二目録記載②の土地部分(以下単に「A'部分」という)に、同第三目録記載の建物(以下単に「本件建物」という)を所有し、右A'部分を占有している。

4  右A'部分の賃料は、一カ月金三万円が相当である。

5  よつて、原告は被告に対し、本件建物を収去してA'部分の土地を明渡し、本訴状送達の日の翌日である昭和三六年七月二九日から右土地明渡ずみに至るまで一カ月金三万円の割合による賃料相当の損害金の支払いを求める。

二  本訴第一次請求原因に対する被告の認否、抗弁および反訴請求原因

(一)  第一次請求についての認否

1 第一次請求原因1のうち、原告がもと甲地を所有していた事実を認める。

2 同2中原告主張のように仮換地指定がなされた事実は認めるが、原告が仮換地に対する使用収益権を取得した点は争う。

3 同3の事実は認める。

4 同4の事実は争う。

(二)  本訴抗弁および反訴請求原因

1 売買契約の締結

(1) 原告は、昭和二〇年頃、その所有にかかる甲地を含む付近一帯の土地を約一六五平方メートル(約五〇坪)単位に五〇区画に分割して、これを希望者に売却することとし、同年一二月頃、訴外政近芳次にその一画である、別紙第一目録記載②の土地部分(以下単に「A部分」という)を金一万五、〇〇〇円で売り渡した。

(2) 被告は、昭和二一年六月一九日、右訴外人からA部分を家屋の建築資材も含めて金三万五、〇〇〇円で買い受けた。

2 取得時効の完成

かりに右1(1)の事実が認められないとしても、同(2)のとおり、被告は、右訴外人からA部分を買い受け、昭和二一年六月一九日以降その引渡しを受けて占有し、その後、右部分に家屋を建築し、さらに、これを改築をして本件建物となして居住するに至り、甲地が乙地に仮換地指定された後もA部分として占有しているものであつて、右占有開始の際過失もなかつたから、一〇年を経過した昭和三一年六月一九日、A部分の所有権を時効により取得した。

3 右のとおり、被告はいずれにしてもA部分について所有権を取得し、昭和三六年春頃、大阪市の指示によりA部分は減歩されてA'部分となつたので、被告はA'部分について使用収益権を有するものであるから、原告の請求はいずれも失当というべきであるが、原告が本訴において被告の右権利を争うので、被告は反訴としてA部分について被告が所有権を有することの確認を求める。

4 かりに右1ないし3の各事実が認められないとしても、訴外政近芳次は、昭和二〇年一二月頃、原告に対し賃料として金一万五、〇〇〇円を支払つてA部分を期限の定めなく賃借したものであり、被告は、昭和二一年六月一九日、右訴外人から右賃借権を譲受けたもであるから、A'部分についても使用収益する権原を有する。

三  本訴抗弁および反訴請求原因に対する原告の認否、再抗弁

1  前項(二)1の事実を否認する。原告所有の甲地ならびに近隣地は戦災により焼野原となり、戦後、これを放置すれば、米軍の接収あるいは闇市発生のおそれがあつたので、原告はこれを防止するため、終戦による混乱を脱し、世情が安泰するまで一時使用貸しすることにより右土地を確保することとし、甲地を含む約八、二五〇平方メートル(約二、五〇〇坪)を分割して約一六五平方メートル(約五〇坪)を一区画とする、五〇区画となし、政近芳次は、昭和二一年一月下旬頃、原告からその一画たるA部分の土地を無償で借受け、保証金として3.3平方メートル(一坪)当り約金三〇〇円を原告に予け、被告は、昭和三四年一一月三〇日、右政近から右土地の転貸または使用借権の譲渡を受けたものにすぎない。

2(イ)  前項(二)2のうち、被告がA部分を占有している事実を認める。

(ロ)  しかし、被告は前記のような経過でA部分を占有するに至つたものであるから、所有の意思をもつて占有していたものではないことは明らかである。よつて取得時効は成立しない。

3  前項(二)3のうち、昭和三六年春頃大阪市の指示によりA部分が減歩されてA'部分となつたことはこれを認めるがその余の事実を否認する。

4  前項(二)4の事実を否認する。

5  かりに被告が主張するような賃借権を有していたとしても、被告のA部分に対する占有はつぎのとおり理由がない。

(イ) 従前の土地の賃借人が仮換地を使用収益するためには、大阪復興特別都市計画事業土地区画整理施行者から仮換地につき使用収益部分の指定を受けることが必要であるところ、被告はその指定を受けていないので仮換地の使用収益を継続することができない。

(ロ) かりにそうでないとしても、本件賃貸借は、終戦後の社会経済の混乱の域を脱する間の、借地法の適用のない一時的なものであるところ、右混乱期は少なくとも昭和二八年の朝鮮動乱終結で脱することができたと見ることができるので、このときをもつて本件賃貸借は終了した。

(ハ) かりにその頃の終了が認められないしとても、原告は被告に対し、昭和四七年六月七日の第五二回口頭弁論期日において、本件賃貸借契約を解約した。

四、本訴再抗弁および反訴抗弁に対する被告の認否

1  前項2(ロ)を否認する。

2  前項5(ハ)のうち原告の意思表示がなされたことは認めるが、その余の事実を否認する。

五、本訴第二次請求原因

かりに第一次請求が認められないとしても

1  原告は、昭和二二年三月、訴外政近芳次に対し、賃料を、一カ年、金三〇〇円の保証金に対する年五分の割合による利息相当額の金員とする期間二〇ケ年との約のもとに、A部分を賃貸し、その引渡しをなした。

2  甲地は、昭和二三年一二月二五日、前記仮換地指定により乙地が対応する土地となつたが、いわゆる原地仮換地である関係上、右仮換地中のA部分を右政近が従前のA部分の賃借権にもとづき使用収益していた。

3  被告は、昭和三四年一一月頃、右政近からA部分の賃借権を譲受け、被告がさきに主張するように昭和三六年春頃以降はA'部分を使用収益している。

4  原告は、昭和四〇年九月二五日被告に到達の内容証明郵便により、被告に対し、つぎのとおり賃料増額請求をした。

A'部分の賃料を3.3平方メートルあたり一カ月、昭和四〇年一〇月一日から昭和四二年三月末日までは金六〇〇円、昭和四二年四月一日から昭和四五年三月末日までは金八〇〇円、昭和四五年四月一日からは金一、〇〇〇円とすること

5  よつて、原告は被告に対し、第二次的に右4の賃料の支払いを求める。

六  本訴第二次請求原因に対する被告の認否

1  第二次請求原因1を否認する。

2  同3のうち、被告がA'部分を使用収益している事実のみ認める。

3  同4のうち被告が原告主張の内容証明郵便を受領した事実のみ認める。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告が、もと、甲地を所有していたこと、昭和二三年一二月二五日、大阪復興特別都市計画事業による土地区画整理の施行に伴ない、施行者たる大阪市から右土地に対する換地予定地として原地内に乙地が指定されたこと、被告は乙地中A'部分に本件建物を所有し、その敷地たるA'部分を占有していることは、当事者間に争いがない。

二被告は、甲地中A部分について訴外政近を経て所有権を取得し、乙地中右部分に対応するA'部分について使用収益権を有すると主張するので、この点について判断する。〈証拠〉によれば、原告は、その所有にかかる甲地を含む付近一帯の土地上に家屋を所有しこれらを他に賃貸していたが、太平洋戦争による戦災のため右家屋が焼失し、甲地付近一帯は焼野原となり、戦後、そのまま放置すれば米軍に接収され、あるいは第三者に占拠され闇市とされるおそれがあつたので、原告およびその長男たる訴外小出正巳は、昭和二〇年秋頃、訴外山口天龍らと相談のうえ、甲地およびその付近の土地約八、二五〇平方メートル(約二、五〇〇坪)を約一六五平方メートル(約五〇坪)単位に五〇区画に分割し、希望者は、保証金名下に3.3平方メートル(一坪)あたり約金三〇〇円、一区画金一万五、〇〇〇円を原告に支払えば、他に賃料支払債務を負わず、期間を無期限とし使用貸借の名のもとに右区画を自由に使用収益し得ることとし、右山口および訴外稲葉定太郎らにそのあつせんを依頼していたところ、土地を捜していた訴外政近芳次は、右稲葉のあつせんにより、昭和二〇年一二月頃、原告に金一万五、〇〇〇円を支払つてその一区画たるA部分の引き渡しを受けたことが認められる。〈証拠判断略〉

三取得時効について

(一)  1〈証拠〉を総合すればつぎの事実を認めることができる。

前記政近芳次は、原告とA部分について契約するにあたり、もつぱらあつせん人である前記稲葉定太郎夫妻を通して原告と交渉したものであるが、その際右稲葉夫妻から、前記認定の原告の意向にかゝわらず、原告が甲地および近隣地を約一六五平方メートル(約五〇坪)単位に分割して一区画金一万五〇〇〇円で売りに出したが、売買という形をとりそれぞれ買主に登記名義を移転すれば原告が売買代金のうち、その大半を税金として徴収されることゝなるのでこれを免れるため、その対策として右売買代金を保証金という名目にして受取り、期間を無期限とした使用貸借という形にすることとし、実際は、原告が右土地を売却するものであつて、将来、然るべき時期が到来すれば登記名義を買主に移転し、それまで、原告において右売買代金一万五、〇〇〇円の利息をもつて固定資産税等の支払に充当するものであると聞かされたこと、当時、近辺の地価は最も高いところでさえ3.3平方メートル(一坪)あたり金三〇〇円以下であつたことからも、政近は金一万五、〇〇〇円を支払つて原告よりA部分を買い受けたものと信じ、その引渡しをうけて家屋建築の準備をしたが、その後、他に家をみつけたこともあつて、昭和二一年六月一九日、被告に対しA部分を家屋の建築資材をも含めて金三万五、〇〇〇円で売却し、その際、登記名義がいまだ原告のまゝである点について、さきに、稲葉からきかされた説明を伝え、被告は、同日、A部分の引き渡しをうけ、四周に杭を打ち、繩を張り廻らして占有し、昭和二一年末頃、右建築資材を利用してA部分に店舗兼居宅を建築して居住するに至り(昭和二二年二月七日には大阪府知事の建築許可を受けた)、昭和二三年一二月二五日、前記のように甲地の換地予定地として乙地が指定された(A部分は乙地中に包含された)が、被告は、そのまま右建物を所有してA部分の占有を続け、昭和三一年、右建物を改築して本件建物としたが、昭和三六年頃、大阪市からの指示によりA部分をA'部分に減らして占有を続け現在に至つていること、また、昭和二〇ないし二一年頃にはA部分のみならず、その余の甲地および原告所有の近隣地について、政近と同じような経過で原告に対し一区画金一万五、〇〇〇円を支払つて原告からその区画の引き渡しを受けた訴外稲葉ルイ、同勝村正一、同山口天龍、同河合保雄も、政近同様、その区画を買い受けたものと信じ、建物を建築して現在に至つている。

〈証拠判断省略〉

2 この点に関し、原告は、政近のA部分に対する占有は原告と同訴外人との使用貸借契約によるものであり、被告は同訴外人から右使用権の転貸または譲渡を受けたものにすぎないから、被告のA部分に対する占有は所有の意思のないものであると主張し、原告がA部分を含めその所有の甲地付近一帯を使用貸借に供する意思で、山口や稲葉のあつせんで他人に利用させ、政近に対し ても、稲葉を通じてA部分を使用貸与したことは前記二項認定のとおりであり、〈証拠〉によれば右使用貸借について政近を借主名義とする「土地使用契約証書」および「土地使用貸借契約公正証書」が作成されていることが認められるが、〈証拠〉によれば同項認定事実のように政近は原告の右意思とはかゝわりなく稲葉の説明によつてA部分を買受けたものと信じており、前記契約書や公正証書も原告側において政近の関与のないまゝ他の土地部分の利用関係のものと一括して作成され政近においてはその存在を知らされていないことが認められるのでこの事実に徴し前項二項認定事実ならびに前記契約書および公正証書の作成されている事実をもつては政近ひいては被告においてA部分に対する占有に所有の意思がなかつたものと認定するには至らない。他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

3 以上のとおり、被告は、昭和二一年六月一九日、従前地所有の意思をもつてA部分の占有を平穏かつ公然とはじめ、昭和二三年一二月二五日の仮換地指定後も、A部分について右同様の占有を継続し現在に至つているもので、前記認定の事実のもとでは占有開始の際のみならず、仮換地指定当時においても過失がなかつたものということができる。

(二)  右のように、被告は、所有の意思をもつて従前地のうちA部分を、仮換地指定後もA部分を占有し、民法一六二条二項所定の期間を経過したものであるが、これによつて被告はA部分の所有権を時効によつて取得したと主張するのでこの点について判断するに、元来従前地の一部を占有中、いまだ取得時効に必要な期間が経過しない時に右土地について仮換地の指定がなされた場合に、たとえ、右仮換地指定が原地仮換地であつて、従前地の一部が仮換地の一部と重複し、そのまゝ、右仮換地の一部の占有を継続して取得時効に必要な期間を経過するに至つたとしても、それだけで右部分に対応する従前の土地の特定の一部分について時効により権利を取得したものとはいえず、仮換地の一部が従前の土地の特定部分であることが確定できるような特段の事情のないかぎり、従前の土地の特定部分に対する単独所有権を時効によつて取得することはできないものといわなければならない。そこで、本件の場合、仮換地後のA部分が従前地のA部分に対応するといえるような特段の事情が認められるかどうかが問題となるところ、前記のとおり甲地は大幅に減歩されて乙地に仮換地指定され、いわゆる原地仮換地である関係上、甲地のうちA部分が乙地中に包含されたが、同部分は従前地である甲地中のいずれの部分とも対応する可能性があるといえても、いまだ、甲地のうちの特定の一部分たるA部分と確定的に対応するものとはいえないことは明らかである。そして、仮換地中のA部分と従前地中のA部分との対応する関係にあるとはいえる特段の事情について主張、立証がないので、A部分について単独所有権を時効により取得したとの被告の主張は理由がないといわなければならない。

(三)1  しかしながら、時効による権利の取得は権利者たるの外形をそなえた事実状態が一定の期間継続することによりこれに権利取得の効果を認めるものであり、一筆の土地の一部でも時効による権利取得が可能であるところ、仮換地の場合は、仮換地の占有によるも仮換地自体は所有権取得の対象となり得ないで使用収益権以外の権利は従前の土地について発生するという特異性を有し、しかも仮換地の一部の占有は従前の土地のどの部分の占有にも対応する可能性を有すること等を考え合わせれば、本件のような場合、仮換地中の占有部分に対応する従前の土地の特定部分が確定できないことを理由に、民法一六二条所定の期間占有を継続した者の権利を一切認めないのは妥当でなく、むしろ、仮換地中の一部分を占有するものは右占有部分の割合に応じて従前の土地の共有持分権を時効により取得すると解するのが相当である。いいかえれば、仮換地指定後も従前の土地について所有の意思をもつて仮換地の一部を占有している者が換地処分が施行され、土地区画整理法一〇三条四項所定の公告がなされる日までに民法一六二条所定の要件をみたしたときは、仮換地中の占有部分の割合に応じて従前の土地の共有持分権を時効によつて取得し、右割合に応じて仮換地の使用収益権を取得するものというべきである。

2  そして、本件についてこれをみるに、前記のように、被告は、昭和二一年六月一九日、甲地のうちA部分を所有の意思をもつて占有をはじめ、昭和二三年一二月二五日の仮換地指定後は乙地のうちA部分を、その後A部分を占有して現在に至つており、占有開始の際のみならず仮換地指定当時においても過失がなかつたものと認められること、仮換地指定後も従前の土地を所有する意思で仮換地の一部たるA部分を占有しているといえること、本件全証拠によるも乙地について未だ換地処分が施行せられたとは認められないことに照らし、被告は、民法一六二条二項により、少なくとも、仮換地指定後一〇年を経過した昭和三三年一二月二五日、乙地全面積2,236.36平方メートルのうちA部分面積166.53平方メートルの割合で、従前地甲地について共有持分権を時効により取得したことになり右割合に応じて乙地を使用収益する権原を取得したということができる。

四前記のとおり、被告は、甲地について223.636分の16.653割合による共有持分権を有するものであるから、乙地についても右割合により使用収益権を有し、その一部たるA'部分について同割合により使用収益権を有するのであるが、A'部分について排他的独占的に使用収益する権原を有するものでないことは明らかである。しかるに、被告はA'部分に本件建物を所有し右部分を排他的独占的に使用収益しているので、被告のA'部分に対する右使用収益権との関係が問題となる。

しかしながら、A'部分については原告と被告とがその使用収益権を共有しているものというべく、原、被告はいずれもA'部分全部を使用し得るところであり、その使用が、それぞれ、持分により制約されるにすぎない。しかしその具体的な使用方法については、結局、共有者間の協議によつて定める必要があり、かゝる協議が成立していない場合には現実の使用方法をもとゝして解決していく外ないものと解すべきである。かゝる場合、一部の共有者が他の共有者との協議を経ないで、当然に、共有物を単独で占有する権限を有するものではないが、他方、他の共有者としても、たとえその持分の割合が過半数を超えるような場合であつても、共有物を現に占有する前記一部の共有者に対し、当然に、その明渡や引渡を請求することができるものではない。何故なれば、このような場合、さきの一部の共有者は自己の持分によつて共有物を使用収益する権限を有し、これにもとづいて共有物を占有しているものと認められるからである。従つて、この場合、他の共有者が右一部共有者に対して共有物の明渡や引渡を求めるためにはその明渡や引渡を求める理由を主張、立証しなければならない(昭和四一年五月一九日、最高裁判所判例)。共有物を使用していない他の共有者は自らの持分の範囲内での使用は妨げられるべきでないから使用についての妨害排除を求めることはできるけれども、協議も成立していない段階で共有物の明渡や引渡を認めることはできない。本件についてはかゝる協議の成立については主張、立証はなく、もともと、別紙図面記載のとおりA'部分はA部分より僅かに面積を減じたもので、A部分の乙地に対する割合は被告が従前地について時効取得した前記共有持分権の割合と同一であり、将来、甲地が右共有持分権に応じて分筆されそれに対応して乙地について分割による変更指定がなされた場合、A'部分について被告が排他的独占的に使用収益する権原を取得する可能性があること、被告は昭和二一年から右部分に建物を所有し店舗兼居宅として生活を続けてきたもので、それによつて甲地に対する共有持分を時効取得したものであること等を総合判断すれば、かりに、原告において、A'部分につき被告が有する割合を控除した割合による使用収益権を有しているとしても、被告に対し、本件建物を収去しその敷地たるA'部分の明渡しを求めることは許されないものといわなければならない。

そして、右のように原告の被告に対する建物収去土地明渡しの請求が許されない以上、これが認められることを前提とする賃料相当の損害金の請求も失当であるというべきである(もつとも原告としては被告に対しA'部分についてその持分をこえて使用する限度で不当利得の返還請求権を行使し得ることも考えられないではないが、乙地中A'部分を除く部分については、反対に、原告がその持分をこえて使用する限度で被告に対し不当利得の返還をなすべき義務のあることも考えられるところである。

五つぎに、原告が第二次請求として主張する賃貸借契約については、本件全証拠によるも認めることができない。

六最後に、被告の反訴請求について判断するに、前記説示のとおり、A部分について被告が単独所有権を有することは認められないが、被告は、甲地に対し223.636分の16.653の割合による共有持分権を取得したものであるから、その一部たるA部分についても右割合による共有持分権を有していることは明らかである。そして、単独所有権の主張中には共有持分権の主張も含まれているとみるべきであるから、被告の反訴請求は、A部分について223.636分の16.653の割合による共有持分権の確認を求める限度で理由があるものといわなければならない。

七よつて、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求は右六で述べた限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(中村捷三 吉川正孝 神吉正則)

第一目録

①大阪市天王寺区上本町七丁目六五番地

一宅地 3,853.52平方メートル(一、一六五坪六合九勺)

②右宅地のうち166.53平方メートル(五〇坪三合七勺)

但し 別紙図面記載イロハニイの各点を、順次直線で結んだ範囲の土地。

第二目録

①大阪復興特別都市計画土地区画整理上汐地区九ブロック号3

一宅地 2,236.36平方メートル(六七六坪五合)

②右宅地のうち161.719平方メートル(四八坪九合二勺)

但し 別紙図面記載イロヘホイの各点を順次、直線で結んだ範囲の土地。

第三目録

大阪市天王寺区上本町七丁目六五番地上家屋番号同町第二〇六番

一 木造瓦葺二階建店舗兼共同住宅一棟

床面積 一階 112.39平方メートル(三四坪)

二階 124.56平方メートル(三七坪六合八勺)

塔屋 4.95平方メートル(一坪五合)

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